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泉谷の棚田 失敗ツーリング後編

前回の続きです。

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道の駅 せせらぎで休憩とします。
この時点で12時過ぎ、イイ物があれば何か食べようかなーってな感じで。

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こんな感じ。 左手の方にたこやきやら売ってたんですが気分じゃなかったので却下。
WCに行くことにします。

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おぉぉぉ 結構惹かれる・・・ がバイク乗った後って結構お腹減らないんですよね。 なんでだろ
ってことで

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ソフトクリームミックスを頂きます。 (250円也)

ところで・・・なにやらここの道の駅 変なものが売ってるようで、
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これは炭を使ったアート的な これはまぁ分かります。


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これは・・・いるのか?笑 多分売り物かと。
製造元フォンテーヌ株式会社 美容師実技試験用B-001
あれですか、リアルカカシでも作るんでしょうかね

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道の駅となりの川 結構凝ってます。 奥にコイもいました

で、ハマったのがこれ←
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この井戸の水組み上げるアレ。 一人でシュポシュポやってました←
子供のころとか公園で飽きずにやってたなー

ま とりあえず休憩後に出発です。
ここからは国道380号→県道55号をまっすぐ行けば目的地に着くはずでした 
が・・・間違えてまして、55号→途中56号に行けばいけなかったのをそのまま55号直進・・・
まぁ刈り取る前にもっかい行ってみます。

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とりあえず、県道55号。 ただただ広いです。 必要ないくらいに。 ここまでは
残念ながらひろいのは最初だけで、あとは1~1.5 たまに2車線ってとこです。

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すぐにこんな道。 標高上がって行ってガードレールもなくなります。 なかなかの険道ですね
落ちたら自力じゃ上がれそうにないし、携帯繋がらないし、歩いてったら何時間かかることか・・・

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とまぁ 特に見るものがないまま進みます。

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と、途中で民家を抜け、十数キロぶりに2車線になります。

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釣専用区!! 釣り好きな人にはタマリマセン。 これはバカ釣れなのだろうか・・・
やっぱ魚券買わないと釣っちゃだめなのかな

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川はこんな感じ、結構人工物が入っちゃってますね。

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何やら橋がかかってるので行ってみる事にします。

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ふるさとの宿 宿泊施設のようですね

っと!ここで!かの有名な!あのお方にお会いすることが出来ました!


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坂本龍馬さんです(ぇ
飛翔の像 左:沢村惣之丞 中央:坂本龍馬 右:那須俊平

長文になるような気がしますが、像の下に説明文があるので書いておきます。

沢村惣之丞:(1843~1868)
土佐郡潮江村(現在高知市)の地下浪人の家に生まれる。
文久2年(1862)龍馬に先立ち土佐を脱藩。
3月16日に下関の白石正一郎宅で吉村虎太郎、久坂玄瑞らと画策後、
危険を冒して土佐に帰り、3月24日、龍馬を伴って再度脱藩した。
名を関雄之助と改め、土佐海援隊では龍馬の片腕となって活躍したが、
長崎で薩摩藩士を誤殺、その責を負うて自刃した。26歳。

坂本龍馬:(1835~1867)
高知城下の郷士の家に生まれる。
文久2年(1862)3月24日同志の沢村惣之丞とともに土佐を脱藩した。
翌日梼原村の那須俊平・信吾父子の家に宿泊し、3月26日俊平の道案内で予・土国境を超え、
榎ヶ原から河辺村に入る。
泉ヶ峠で一泊したあと、宿間村(現在五十崎町)で俊平と別れ、長浜から下関へ向かった。
その後、新しい日本をつくるために奔走したが、
京都近江屋で中岡慎太郎とともに資格に襲われ、維新を見ることなく闘死した。33歳。

那須俊平:(1807~1864)
高岡郡梼原村(現在梼原町)の郷士。
文久2年(1862)3月25日、土佐を脱藩した坂本龍馬と沢村惣之丞が那須家に宿泊した。
翌日、那須俊平・信吾父子が道案内をして梼原を立ち、予・土国境で信吾は引き返したが、
俊平は伊予路に入り、河辺村を通って宿間村(現在五十崎町)まで龍馬らを案内した。
その後、自らも脱藩して京都へ上り、長州の忠勇隊に入って活躍したが、
禁門の変で討たれた。58歳。

なげぇぇ!!! 手がつかれた・・・・。

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奥には・・・坂本龍馬 脱藩之日記念館 というものがありました。 入りませんでしたが。

まぁ他に見るものも特になかったので先に進むことにします。
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木に浸食された岩 じ・・・ジブリっぽ(ry

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こっちはなんか西遊記っぽ(ry

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肱川ダム?

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なにやら大勢の人がダムの方を見ていたので自分も止まってみます。

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カヌー?みたいなのの大会が行われていました。
結果は青が優勝 歓声がすさまじかった。

このあとは、道の駅によって、トマト、ニンニク買って、焼き鳥食べて、焼きサバ買って帰りました。
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